「難病でお悩みの方」必見!霊視やスピリチュアルの相談事例を専門家の住職が紹介

水野行清

日々の生活の中で、難病に悩み、出口の見えない状況に苦しんでいる方は少なくありません。

難病という診断を受けた時、その衝撃や不安は計り知れないものです。

医療の力を信じながらも、時に心の支えを求めて霊視やスピリチュアルな視点に目を向けることは、大きな癒しとなるかもしれません。

本記事では、難病にお悩みの方々からの実際のご相談事例をご紹介させていただきます。

難病を抱える方々やそのご家族が心を軽くし、新たな希望を見出していただければ幸いです。

現実の問題に寄り添いながら、心のあり方を見つめ直すヒントをお届けします。

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目次

魚臭症と向き合う日々

私は、約10年前から魚臭症を発症し、現在もその症状と向き合っています。

この病気には治療薬がなく、症状を完全に抑える方法も見つかっていません。

そのため、日常生活では非常に多くの困難を経験してきました。通りすがりの人や職場の同僚、時には家族からも、心無い言葉を浴びせられることがあり、その度に深く傷つくことも少なくありません。

これまで私は、自己改善のために様々な本を読んだり、物事の捉え方や考え方を変える努力を重ねてきました。

その結果、少しずつですが前向きに捉えられるようになったこともあります。

しかし、時折感情を上手く処理できず、怒りや悲しみを抑えられなくなることがあります。

そのような時、自分自身に対する無力感を感じ、人間関係にも悪影響を及ぼしてしまうのではないかと悩むことが増えました。

私は、今よりももっと感情をコントロールし、他人との関係をより良好に築いていきたいと願っています。

魚臭症という病気を抱えながらも、周囲との関わりを大切にしたいと思っていますが、どのようにして心のバランスを保ち、他者との健全な関係を築いていけば良いのか、まだ答えを見つけられていません。

もし何かアドバイスをいただけるのであれば、今後の生活に役立てたいと思います。どうかご助言いただければ幸いです。

心と体の苦しみを抱えて生きています

私は、3年前から心の病を抱えるようになり、現在も心療内科に通院しています。

それだけでも辛い状況ですが、加えて今は目の難病も患っており、心身ともに苦しい日々を過ごしています。

以前は「病は宿命」と受け止め、できるだけ前向きに生きようと努力していました。

しかし、最近になって、この病は「何かをちゃんと見なさい」というメッセージなのではないかと考えるようになりました。

それを思うと、光を失うほどの何かを過去にしてしまったのではないかという不安が湧き、自分自身が怖くなることがあります。

そのため、心の中で深く反省する日々が続いています。

現世で生き抜いていくためには、なんとか気持ちを立て直し、頑張らなければならないと分かっているのですが、どうしても体が思うように動きません。

このままではいけないと焦りを感じる一方で、どのように心を整え、どのような姿勢で生きていけば良いのかが分からず、途方に暮れています。

私が今の自分と向き合いながら、これからの人生を少しでも明るく生き抜いていくための心持ちについて、アドバイスをいただけたら幸いです。

難病と家庭の苦悩を乗り越えて

ある日、私は突然難病を発症し、ほぼ自力で動けない状態に陥りました。

毎日、主人に「病院へ連れて行ってほしい」と涙ながらに頼みましたが、そのお願いは一ヶ月もの間無視され続けました。

その結果、病状は悪化し、医師からは数年間にわたる活動制限を受けることとなりました。

それでも、我が子と霊的真理に支えられ、なんとかここまで生き延びることができました。

主人は仕事が忙しく、私の通院に付き添ってもらうこともなく、私の健康状態にはほとんど関心を示しませんでした。

話し合いを試みても、家庭の問題を真剣に考えることなく、仕事を最優先する姿勢が続きました。

私は一人で苦しみながらも、この状況をどうにか乗り越えようと努力してきましたが、毎日が辛く、心身ともに疲弊していきました。

私にとって、今最も大切なのは、健康と家族との絆を回復することです。

しかし、状況が続く中で、私はどうすればこの難局を乗り越え、家族との関係を再構築できるのかを模索しています。

パーキンソン病の症状と向き合う日々

私は3年前にパーキンソン病と診断されました。この病気が原因で手足が震えることがあり、時には自分の意思とは関係なく、手や足が勝手に動いてしまうこともあります。

そのため、日常生活においても思うように体を動かすことができず、非常に困難を感じています。

特に人前に出ると、周囲の目が気になり、見られているという感覚が強くなるため、過度に緊張してしまいます。

自分の体をコントロールすることができないことへの恥ずかしさも感じます。

できるだけ緊張を和らげたいと思っていますが、なかなかうまくいきません。

緊張感が強くなると、手の震えが増してしまうように感じ、悪循環に陥っている気がします。

精神的にも体に対して余計なストレスを与えてしまい、さらに症状が悪化するのではないかと不安に思うこともあります。

周りの人々は、私の症状を理解してくれることが多いですが、どうしても自分自身でその状況に適応するのが難しく、気持ちがついていけません。

もし、私と同じように緊張感を和らげるために役立つ方法やアドバイスがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

自分の体調を少しでも楽にするためのヒントを得ることで、日々の生活をもっと快適に過ごせるのではないかと考えています。

薬のアレルギーで命を危うくし入院

薬のアレルギーが原因で、私は難病を発症し、命の危機に直面しました。緊急の入院を経て、無事に退院し、現在は病状が安定しています。

医師には感謝しており、治療を受けられたことに対しては感謝の気持ちを抱いていますが、診察のたびに言われる言葉が私を苦しめています。

障害が残る可能性があるといった指摘を受ける度、私は心の中で痛みを感じ、その言葉が笑われているように思えて精神的に辛い思いをしています。

インターネットで自分の病状について調べてみると、診断された事実に関してはほとんど自分に当てはまることがなく、そのギャップに戸惑いを感じています。

医師が言うことがしばしば変わることもあり、そのため診療内容が分かりづらく、時には混乱してしまいます。

名医としての評判があることは理解していますが、患者さんが多く、常に忙しそうな姿を見ると、心の中での不安が募るばかりです。

医師としての技術や知識に関しては信頼しており、治療を受けることに迷いはありません。

しかし、人間としての信頼性や、患者の感情を理解してくれるかどうかという点では不安を感じることが多いです。

このような状況の中で、私は今後、どのように向き合っていけば良いのかと悩んでいます。

13トリソミーと脳性麻痺の息子との生活

長男は13トリソミー(染色体異常)という難病を抱えており、もうすぐ5歳になります。加えて、脳性麻痺もあり、身体を動かすことができません。

先日、気管切開を行い、来月には再び在宅医療に移行する予定です。

昨年も在宅医療を経験し、その生活の過酷さを痛感してきたため、再びその状況に戻ることに強い不安を抱えています。

その一方で、息子がいてくれることに対する感謝の気持ちもありますが、心の中でその感情と不安が交錯しており、精神的に非常に不安定です。

病気の受け入れがうまくいかず、日々感じる悔しさや無力感が溢れ出し、夫婦間でもその感情がぶつかり合うことが増えてきました。

もともと支え合っていたはずの私たちの関係が、徐々に崩壊してしまったように感じます。

今は心の中でどの感情が正しいのか、自分がどう行動すべきかを見失いがちです。

息子を守るために最善を尽くしたいと思う一方で、自分の気持ちをどう処理すればよいのか分からず、日々悩み続けています。

難病と闘う11ヶ月の娘と共に・・・

11ヶ月の娘が、数万人に1人の難病と診断されました。最初は受け入れがたく、言葉にできないほどのショックと悲しみに包まれていました。

しかし、娘の命を守るために、私たちは決断を下し、病院の近くに引っ越し、治療に専念する生活を始めました。

覚悟を決めたものの、心の中では不安と戸惑いが常にありました。

それでも、時間が経つにつれて、他にも似たような状況で闘っている人々がいることを知り、少しずつその現実を受け入れられるようになりました。

また、病気を通して多くの方々の温かい支援や優しさに触れ、その存在がどれほど心強いかを実感しました。

今、振り返ると、その支えがなければ乗り越えることはできなかったと思います。

自分自身、娘に対する不安と恐れがありましたが、それを乗り越えて、私は今、前向きに日々を過ごすことができています。

娘の未来には希望を持ち、必ず良くなると信じています。この経験を通じて学んだことは、どんなに辛い時でも、希望を持ち続けることで道は開けるということです。

そして、周りの人々の支えを大切にし、感謝の気持ちを忘れずに進んでいこうと決意しています。

進行性心疾患と闘いながら歩んだ日々

私は13歳のときに進行性の心疾患と診断されました。難病とされるこの病気に対して、当時からずっと戦ってきました。

結婚後、妊娠出産を望みましたが、リスクが高いと言われ、その夢は諦めざるを得ませんでした。それでも、どうしても子どもを持ちたかった私は、養子縁組を選び、二人の養子を迎えることができました。

子どもたちの存在は、私にとって大きな支えであり、幸せな時間を与えてくれました。しかし、2年ほど前に心不全を起こし、病状が再び悪化しました。今も心身共に非常に辛い日々が続いています。

私は現在、希望を持っている治療法があり、それを受けるために努力しています。

しかし、その治療法はまだ保険適用外であり、金銭的な負担が大きく、治療を受けられるかどうかが不確かな状況です。

自分の体力が持つかどうか、毎日不安を抱えながら過ごしています。それでも、少しでも良くなることを信じて、前向きに生きようとしています。

希望を持ち続けることが、私にとっての支えとなり、どんなに厳しい状況でも、諦めずに前を向いて進みたいと思っています。

膠原病の疑いで仕事を辞めました

膠原病の疑いで現在通院し、検査を続けています。最近、突然体に力が入らなくなることが増え、最終的には仕事を辞めなければならなくなりました。

私は町工場で製造の仕事をしていたのですが、体調の不安定さから続けることが難しくなり、辞職を決意しました。

正直なところ、仕事を辞めることに対して後ろ髪を引かれる思いがあり、しばらくはその決断に迷いましたが、体力的に無理をしてまで続けることはできないという現実を受け入れるしかありませんでした。

しかし、問題は生活のためにお金を稼ぐ必要があることです。夫の収入だけでは生活が厳しく、私も働かなければならないのです。

病気になってしまったことで、体調が不安定であるにも関わらず、どうしても働かなければというプレッシャーを感じています。

病気を抱えながら生活を支えるために働くという現実に直面している自分に、どこかで自信を失っている自分がいます。

毎日追い詰められているような気持ちになり、時には自分を奮い立たせることができず、無力感に襲われることもあります。

この先どのように自分を立て直し、生活をどうしていけばよいのかが分からないまま、不安と葛藤を抱えながら過ごしています。

難病との闘いと子育ての両立に悩む日々

私は難病と診断されました。子育てをしながら、少しでも症状が楽になり、心穏やかに育児ができるよう、必死に努力を続けてきました。

この1年間、体調を改善しようと10ヶ所以上の病院を訪れましたが、熱は下がることなく、吐き気や食欲不振に苦しみ、極端な体重減少が続きました。

さらに睡眠障害にも悩まされ、体力がどんどん落ちていきました。最終的に倒れて入院することになり、体の限界を感じるようになりました。

しかし、最後まで諦めずに生き抜こうと心に誓いましたが、あまりにも長い間辛い日々を過ごしてきたため、時折心が折れそうになっています。

それでも、命をつなぐために前向きに生きることを忘れず、少しでも希望を持ちながら進んでいきたいと思っています。

慢性疲労症候群との闘いと心の再生

私は慢性疲労症候群という脳神経の難病を患っています。

この病気にかかってから、1年間前向きに治療に取り組み、病院を10ヶ所以上回って診断を受けました。

その過程で、肉体的な症状と精神的な苦痛に両方アプローチしようと努力し続けています。これまでの偏った生き方を正すことができました。

人生に対する向き合い方が変わり、少しでも生き延びようと決意し、内観することを日々の習慣にしました。

それでも、この1年間にわたる発熱や身体的、精神的な苦しみは非常に辛く、時には恐怖感を覚えます。

そのような瞬間には、正直なところ、人生に負けそうになる自分を感じることもあります。

思うように体調が回復せず、心も疲れが溜まっていく中で、この先どう生きていけばいいのかと迷うことも多いです。

しかし、そんな時でも少しずつでも前に進んでいくことが大切だと信じ、もう少しだけ生きてみようと、心を新たにして日々を過ごしています。

目の難病:試練と不安の中で前に進む日々

私は進行性の目の難病を患っており、視力の低下が進んでいます。

そのため、このサイトを見ることさえも難しくなり、外出もほとんどできず、ほぼ家の中で過ごす日々が続いています。

しかし、今年は子どもの入園や入学を控えており、さらに地域の役割も回ってきました。正直なところ、これが試練として与えられたものなのか、それともこれまで何もせず怠けていたことへのカルマとしての報いなのか、悩む日々が続いています。

それでも、理性を保ちながら一つずつ前に進んでいくしかないと思い、心を奮い立たせて生活しています。

それでも、見えない不安や恐れ、そして被害妄想のような考えが頭を離れません。

これらの感情が、心の中でしっかりと根を張り、日常生活を送る上での障害となっていることを感じます。

目の病気による視力低下の不安と、それに伴う生活の不自由さが精神的にも大きな負担となり、どうしても心が落ち着かないのです。

社会的な役割を果たすために無理にでも頑張り続けなければならない状況に追い詰められ、心身ともに疲れてしまうこともありますが、それでも前向きに取り組んでいこうとしています。

この状態がいつまで続くのか分からない不安の中で、少しでも自分を保ち、家族のためにも最善を尽くさなければならないという気持ちが強いです。

難病に苦しむ中で波長を上げるための心の持ち方

昨年、私は治療法がない難病を発症し、日々その痛みと苦しみの中で生きています。

最初は何もかもが辛すぎて、どうしてこんなことになってしまったのかと自問自答する日々でした。

しかし、この病気を通じて何か学べることがあるはずだと前向きに考えるようになりました。

とはいえ、日々の症状の辛さや身体の不調にどうしても心が折れそうになる瞬間があります。

波長が下がってしまうことも少なくなく、そんな自分に対して苛立ちを感じることもあります。

それでも、少しでもこの苦しみの中で心の平穏を保つために、どうすれば波長を上げられるのかを考え続けています。

心をポジティブに保ち、病気に向き合うためには、まず自分の思考や感情に意識を向け、無理にでも良い面を見つけるよう努めています。

それでも上手くいかない時は、静かな時間を作り、心を落ち着けることも大切だと感じています。

今はまだ完全に苦しみが消えることはありませんが、少しでも良い方向に向かうよう、無理せずに日々を乗り越えていけたらと思っています。

波長を上げるために大切なことは、身体と心を大切にすること。

そして、辛い時でも自分を責めず、できるだけ無理なく受け入れて前を向くことだと信じています。

治療法のない肺の職業病と向き合う父

父は、治療法がない肺の職業病を患っています。この病気に対して、従来の西洋医学では進行を止めることができず、ただ対症療法が行われている状況です。

結果として、父は次第に気力を失い、体力も衰えてきました。このままでは精神的にも追い詰められることを心配しています。

そこで、私は東洋医学を取り入れて、少しでも病気の進行を遅らせる方法を探し始めました。

東洋医学では体全体の調和を重視し、病気を改善するアプローチがあるとされています。

ただ、こうした取り組みを進める一方で、ふと疑問に思うことがあります。

それは、結局のところ寿命は宿命であり、変えることはできないものなのではないかということです。

仮に治療法を取り入れても、病気の進行が完全に止まるわけではなく、最終的な寿命を延ばすことができるのかどうかという点に不安を感じています。

しかし、学んでいく中で、寿命そのものを変えることは難しくても、できる限りの治療を取り入れ、病気の進行を遅らせることで、父の生活の質を改善することは意味があるのではないかとも思うようになりました。

結局のところ、少しでも長く健康に過ごせるように、手を尽くしていくことに意義があるのではないかと感じています。

尋常性白斑と向き合う日々

3年前から皮膚の色が抜け、尋常性白斑と診断されました。

病気の原因は過度のストレスや自己免疫力の低下だと言われていますが、これは治りにくい病気であるため、毎日が非常に辛いです。

過去にも多くのコンプレックスに悩まされてきましたが、それらを乗り越えてきました。

しかし、この病気に関してはどうしても気持ちが乗り越えられず、絶望感に包まれています。

自分の皮膚の色がまだらに抜け落ちた状態を見るたびに、心が痛み、なぜ自分がこんな目に遭うのかと深い苦しみに襲われます。

どんなに努力しても、改善の兆しが見えないことが、さらに不安と悲しみを強めています。

自分の体を鏡で見るたびに、どうしてこんな姿になってしまったのかという思いが募り、時にはそのことだけで心が押し潰されそうになります。

突然の記憶喪失と戦い続けた5年

5年前、私は突然記憶喪失に見舞われ、それだけでなく原因不明の症状が次々と現れるようになりました。

それからは、日々治療とリハビリを受けながら過ごしています。

生活は決して楽ではなく、体調が安定しないことも多かったですが、仕事に恵まれ、精一杯の力で前向きに生きてきました。

「1日1日を大切に生きる」という気持ちを胸に、できる限り自分の力を尽くしてきました。

しかし、10年後に振り返った時に、何かがぽっかりと欠けているような寂しさを感じます。

新しい記憶や経験を重ねてきましたが、どうしても心の中に虚しさが残り、まるで別人のように感じてしまう自分がいます。

自分が歩んできた道に何か足りないような感覚を抱えたまま、ただ前を向いて歩き続けることに迷いを感じる時もあります。

それでも、前向きに進みたいという気持ちを持ちながら、少しずつ自分を取り戻す方法を探しています。

原因不明の意識不明からの5年間、回復を願って尽力したが…

妻が突然意識不明になり、その後5年間、医師による検査でも原因が全く明らかにならないまま時間が過ぎていきました。

私たち家族は、最初のうちは驚きと戸惑いを隠せずながらも、必死に回復を信じ、できる限りの努力をしてきました。

家族や親戚も協力し、治療法を探し続けましたし、看病にも全力を尽くしてきました。

しかし、時間が経つにつれて状況は一向に改善せず、妻の状態は依然として不安定なままであり、回復の兆しも見えません。

私たちがこれまでにしてきたことは、すべて尽力してきたつもりですが、それでも結果は伴いませんでした。

もちろん、私自身も何とか前向きに考えようとしているものの、「原因があるから結果がある」と言われるように、すべてには意味があり学びがあるはずだと頭では分かっているつもりです。

しかし、心の中では次第に疲れ果て、万策尽きたという感覚に捉えられており、この先どうすれば良いのか見当もつかなくなっています。

追突事故で認可されていない病気に・・・

私は数年前に追突事故に遭い、その結果、国では認可されていない病気を患うことになりました。

事故自体は相手側の責任であり、最初はそのことに対して、ある程度の保証が受けられるものだと思っていました。

しかし、現実はそう簡単にはいきませんでした。現在、保障に関して相手側と揉めており、その解決のために何をすべきかで悩んでいます。

今、私が最も悩んでいるのは、裁判を起こすべきかどうかということです。体調が悪いときには、正直に言うと、相手を恨む気持ちも湧いてきます。

しかし、相手の人生を破壊したいとは思っていません。私が求めているのは、ただ正当な保障を受けることです。

それができず、このまま泣き寝入りしてしまうのは、同じ病気で苦しむ患者たちのためにも良くないと感じています。

それでも、裁判という大きなステップを踏み出すべきかどうかに迷いがあります。裁判には時間も労力もかかりますし、体調面での負担も心配です。

しかし、私が今、声を上げなければ、今後同じような状況で苦しむ患者たちに対しても前例を作ることができません。

今後どうするべきか、心の中で葛藤しながらも、少しでも自分と同じ境遇の人たちのためになるような決断をしたいと考えています。

視力を失う恐怖と向き合う日々―

角膜の病気によって、視力を失うという非常に重い宣告を受けました。

現時点では特に自覚症状がなく、日常生活に大きな支障を感じることはありませんが、将来的に視力を失うという現実を考えると、その不安が私を支配してしまいます。

そのため、何をするにもどうしても否定的に考えてしまい、前向きに物事を捉えることが難しくなっています。

もちろん、失明する前にできる限りのことをしておきたいという気持ちもあり、受け入れるべきだと分かっているものの、心の中でその受け入れに対して大きな壁を感じています。

毎日少しずつ自分を励まし、前向きに進むことが大切だと思いながらも、時折、突然の不安や恐怖感に押しつぶされそうになることがあります。

視力を失ってしまうことに対して、どう向き合っていけばよいのか、前向きに進むための心構えやアドバイスをいただけたら本当にありがたいです。

どんな些細なことでも構いませんので、少しでも助けていただければと思います。よろしくお願い致します。

痛みと向き合いながら、魂の成長を信じて

私は現在、難病にかかり、毎日が痛みと戦う日々です。痛みは激しく、身体を動かすたびに辛さが増し、心が折れそうになることもあります。

どんなに努力しても、痛みはすぐに和らぐことはなく、時にはその辛さに涙を流すこともあります。

この世の肉体は一時的なもので、魂を成長させるためにあるのだと信じようとしています。

しかし、外見や姿勢については受け入れることができても、この肉体の痛みだけはどうしても受け入れることができません。

痛みがあまりにも耐えがたく、心が弱くなりそうです。

生きていく力を見つけなければならないのに、時折その苦しさに押し潰されそうになります。

この世での体験が成長につながると信じているものの、痛みがあまりにも大きすぎて心の中でその意味を見失いそうになることもあります。

それでも、私は少しずつでも希望を見出し、前向きに生き続けることを目指しています。

交通事故による姉の障害とコミュニケーションの苦悩

2年ほど前に、私の姉が交通事故に遭い、首から下が麻痺してしまいました。それ以来、呼吸器をつけて生活しており、声を出すことができません。

しかし、幸いにも姉の意識ははっきりしており、口ぱくで会話をしようとしています。

しかし、口ぱくだけではどうしても限界があり、伝えたいことがうまく伝わらないと、姉は「もういい」と寂しそうに反応します。

その様子を見ると、心が痛み、どうしても姉の気持ちを考えると辛くてたまりません。姉の気持ちに寄り添いたいのに、うまくコミュニケーションを取れない自分がもどかしいです。

五十音表を見せて、少しでも言葉を伝えられるようにと思って試みましたが、姉の脳に損傷があるため、完全に読み取ることができませんでした。

私自身、姉とのつながりをもっと深め、少しでもコミュニケーションを取れる方法を見つけたいと思っており、これからも試行錯誤を繰り返していこうと思っています。

姉の笑顔を取り戻したい―重症筋無力症との闘いの中で

私の姉は、重症筋無力症という難病を患っており、日々その症状に苦しんでいます。

この病気は、免疫系が自分の体の筋肉を攻撃することによって起こり、筋力が低下していくものです。

姉の場合、特に顔の筋肉に影響が出ており、笑顔を作ることができなくなりました。また、ろれつがうまく回らず、言葉を発することが難しくなっています。

さらに、食べ物の飲み込みにも支障をきたしており、毎日の生活に大きな支障が出ています。

そんな姉を見ていると、胸が痛みます。笑顔を取り戻すことができるなら、どんな手助けでもしたいと思っています。

しかし、私がどのようにサポートすれば、姉が少しでも楽になり、前向きな気持ちを持ち続けられるのかが分かりません。

専門的な治療やリハビリが必要だとは理解していますが、私にできることはどんなことだろうと考え続けています。

姉のために笑顔を取り戻す方法を一緒に模索し、できる限りのサポートをしたいと思っています。

そのためにも、他の家族や医師と連携し、姉の体調を少しでも改善できる方法を見つけていきたいと心から願っています。

失明と顔面神経麻痺に立ち向かう日々

喘息と緑内障という疾患に加え、緑内障によって片目はほぼ失明してしまいました。

こうした病気に直面し、日々感じる不安と苦しみの中で、少しでも頑張ろうという気持ちを持ちながらも、思うように進めない自分に苛立ちを覚えています。

そんな矢先に、今度は顔面神経麻痺という予期しない症状に見舞われました。

この突然の出来事にどう対応すればいいのか、途方に暮れています。頭では理解しているつもりでも心がついていきません。

実際に体調が悪化する一方で、前に進む勇気が湧いてこない自分がいます。

心の中で歪みが広がっていくような感覚に悩まされており、このままでは自分を見失ってしまうのではないかと恐れています。

どうしても心の中の不安と恐怖を乗り越えることができず、これからどうしていけば良いのか分からなくなっています。

骨形成不全症との闘いと孤独—

私は骨形成不全症という病気に生まれつきかかり、これまで何十回もの骨折を経験してきました。

生後から現在に至るまで、体の不調と戦い続け、子供の頃は度重なる入退院のため学校に通うことができず、友達と遊ぶ時間もほとんどありませんでした。

そのため、今でも他人との関わりに対して苦手意識が強く、積極的に人と接するのが難しいと感じています。

母と二人三脚で生活しており、生活保護を受けながら、病気と共に過ごす日々でした。

母の支えがあったからこそ今までなんとかやってこられましたが、最近では母も持病で通院を繰り返しており、金銭面や将来の不安が私にのしかかっています。

さらに、職場でも人間関係のトラブルが続き、ついには自ら退職を決断することになりました。

どこに向かっていけば良いのか分からず、これからどう生きていくのか、迷いが深くなっています。

この先、どうやって自分の力で立ち直り、前向きに生きていくか、その方法を見つけられずに苦しんでいます。

母の突発性難聴、スピリチュアルな意味は?

母がある朝突然、右耳の突発性難聴を発症しました。

それ以来、右耳はほとんど聞こえなくなり、非常に不安な日々が続いています。

病院で診察を受けたところ、医師からは原因は不明だと説明され、手術をしない限り改善の見込みはないとのことでした。

しかし、母は70歳を目前にしており、手術に対して強い不安を抱いているようです。

年齢も考慮し、手術のリスクを避けたいという気持ちがあるのだと思います。

これまで元気だった母が突如として難聴に悩まされ、どうすればよいのか分からずにいます。

そんな中で、私はふと思うことがあります。この突然の難聴には何かしらのスピリチュアル的な意味が隠されているのではないか、ということです。

病気や体調不良は時に、身体の問題以上に心や魂からのメッセージとして捉えることができるとも言われています。

母が突発的に難聴を患ったことには、もしかしたら何か重要な気づきや変化を促すための意味があるのではないかと考えてしまいます。

この病気の背後にあるスピリチュアルなメッセージがあれば、それに耳を傾け、少しでも母を支える手助けができればと思います。

目の難病と向き合いながら生きる希望を見つけるために

はじめまして。私は現在、目の難病に苦しんでおり、日々の生活がとても辛いです。

視力の低下が進行する中で、将来に対する不安がますます大きくなってきました。

特に仕事については、この病気がどんどん進行することで今後どうしていくべきか悩んでいます。

目が見えにくくなったことで、以前できていたことができなくなったり、思うように仕事をこなせなくなったりして、自信を失いかけています。

それに、将来の自分がどうなっていくのか見通しが立たないため、先のことを考えるととても怖く、心が沈む日々が続いています。

病気の進行を防ぐことができるのか、今後どうやって仕事をしていくのか、どんな方法で生きていけば良いのか分からず、不安でいっぱいです。

皆さんのように前向きに生きるヒントがあれば教えていただきたいと思っています。

母のシェーングレン症候群と向き合う日々—

母がシェーングレン症候群という非常に稀な病気にかかってしまいました。

2万人に1人という発症率の病気で、現在も効果的な治療法が見つかっておらず、症状に対する対処法のみが施されています。

日々の生活は非常に辛く、母はその苦しみと闘いながらも、家族や周りの人々のために動き続けています。

私たちは、母が自身の状態に耐えながらも周囲を支えようとする姿勢に感動し、また同時に心が痛む思いです。

母のために何かできることはないか、常に考えていますが、どんな形で支えればよいのか、正直なところ悩むことも多いです。

どんなに小さなことでも母の負担を軽くし、少しでも楽に過ごせるようにするためには、どのような方法が有効なのでしょうか。

母のために、私たちができる限りの支援をしていきたいと強く願っていますが、その方法についてのアドバイスをいただけると嬉しいです。

妙瀧寺住職 水野行清のプロフィール

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